「公共ビジネスの着眼点」 政策はKPIに表れる。中小企業支援の未来を読む視点とは?
中小企業診断士であれば、国や自治体が公表する政策資料に目を通す機会は少なくありません。新しい制度や税制が公表されれば内容を確認し、「どのような支援が受けられるのか」「自社や支援先に活用できるか」を考えることは、日常業務の一つでしょう。
しかし、政策資料には、もう一つ大切な読みどころがあります。それは、行政が何を成果として政策を評価しようとしているのかという視点です。行政は制度を作っただけでは評価されません。その制度によって何が改善したのかを数字で示す必要があります。その物差しとなるのがKPI(Key Performance Indicator/重要業績評価指標)です。
つまりKPIとは、単なる進捗管理の数字ではなく、行政が「この数字を動かしたい」と考えている政策目標そのものなのです。
今回は、今年6月に中小企業庁が公表した「中小企業政策の新たなKPI」を見て、これから国がどのような企業を増やそうとしているのか、そして今後どのような政策が重視されていくのかを確認したいと思います。
#中小企業庁「労働供給制約社会における中堅・中小企業の『稼ぐ力』強化戦略」/「中小企業政策の新たなKPIの設定について」
https://www.meti.go.jp/files/000001982.pdf
○KPIは、政策の方向性を映す鏡
政策資料を読む際に最も注目すべきなのは、行政が「本当に実現したいこと」です。
政策資料には、「目指す社会像」や「基本方針」が書かれています。もちろん、それらは政策を理解するうえで大切です。しかし、行政が実際に成果として評価するのは、「目指す」という言葉そのものや、あいまいな目標ではありません。その政策によって、「何がどう改善したのか」という結果こそが重要であり、その判断基準になるのがKPIです。
例えば、支援策の利用件数をKPIに置けば、行政は支援の裾野を広げたいと考えていることが分かります。設備投資件数なら投資の促進、賃上げ率なら所得向上、付加価値額なら企業の「稼ぐ力」の向上を成果として評価するということです。
そして、政策を読むうえでは、現在どのようなKPIが設定されているかだけでなく、前回と比べて何が追加され、何が見直されたのかにも目を向ける必要があります。
政策は、社会経済情勢や政策課題の変化に応じて進化していきます。それに伴い、行政が成果として重視する指標も変わります。新たなKPIの追加は、新たに重点を置く政策課題を示し、一方で既存のKPIの見直しや整理は、政策の考え方やアプローチが変化したことを示している場合があります。
つまり、KPIの「中身」だけでなく「変化」を追うことによって、行政が今後どこへ向かおうとしているのかを、より深く読み解くことができるのです。
○「中小企業政策の新たなKPI」から見える政策の変化
では、実際に今回公表された「中小企業政策の新たなKPI」を見てみましょう。設定されたKPIを見ると、国が目指す中小企業像がこれまで以上に明確になっています。
#中小企業庁「労働供給制約社会における中堅・中小企業の『稼ぐ力』強化戦略」/「中小企業政策の新たなKPIの設定について」
https://www.meti.go.jp/files/000001982.pdf
まず、基本として押さえておきたいのは、以前より中小企業政策の中心的なKPIとして掲げられている「労働生産性(労働者一人当たりの付加価値額)」です。具体的には、中小企業の労働生産性を5年間で15%向上させる目標となっています。売上高ではなく「労働生産性」がKPIとなっているということは、単に事業規模を拡大すればいいわけではなく、限られた人材でより高い付加価値を生み出し、その成果を賃上げや次の投資につなげる企業を増やしたい、という国の基本的な政策の方向性が読み取れると思います。
一方で、今回特に注目したいのは、「売上高100億円企業」の創出や、成長投資の拡大、価格転嫁、事業承継・M&A、輸出なども重要なKPIとして位置付けられたことです。これらを個別に見るのではなく、一つの政策パッケージとして眺めると、「稼ぐ力」のある企業を増やすことを軸に、それを支える投資、人材、取引環境まで一体的に強化しようとしていることが分かります。
つまり、今回のKPIは、従来のように「困っている企業を支援する」という発想だけではなく「経済を牽引する企業を増やす」という政策へ重心が移りつつあることを示していると言えます。
診断士としても、デジタル化や販路開拓といった個別の経営テーマに対応した支援だけでなく、企業の成長を見据えた総合的な支援が、これまで以上に求められていくのかもしれません。
○KPIから、これからの政策を読む
もちろん、KPIを見ただけで、今後新設される制度や具体的な支援内容まで正確に予測することはできません。
しかし、国が新しい政策を企画する際は「その政策がどのKPI達成に貢献するか」が問われます。そのため、KPIに掲げられた分野には、今後も予算、人材、制度設計などの政策資源が重点的に投入されることが予測できます。
診断士にとってKPIを読み解くことは、国がどの経営課題に着目していて、企業にはどのような変化が求められているかを、ひと足早く掴むことである、と言えます。
今後、政策資料を開く際は、制度の対象者や要件を確認するだけに留まらず「行政はこの政策によって、どの数字を動かそうとしているのか」と考えてみるとよいでしょう。そして、過去のKPIと比較し、何が新たに加わり、何が見直されたのかまで追うことができれば、政策の重心の変化も見えてきます。
政策資料を「今ある制度」を知るための資料から「これからの政策」を読み解くための資料へと変えるために、KPIに着目し、制度の先にある政策の方向性まで読み取ることが、中小企業診断士に求められる視点と言えるでしょう。
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